札幌でイベントがあると、その案内に「公共交通機関のご利用をお願いします」と書かれている事が多いと思います。
そもそも「公共交通機関」とは何を指しているのでしょうか。
デジタル大辞泉によれば・・・
「一般の人々が共同で使用する交通機関。鉄道・バス・航空路・フェリーなど」
とあります。
タクシーについては公共交通機関に含むという解釈と含まないという解釈があります。
北海道の鉄道は開拓の歴史と密接な関係を有し、鉄道網の整備延伸は地域形成に不可欠なものでした。
私が生まれ育った北海道空知地方は、かつて日本のエネルギー資源だった「石炭」の産出で栄華を誇っていました。
「石炭」ばかりでなく、木材の運搬や増毛のように「にしん」の輸送にも無くてはならない存在でした。
また道東に於いて「酪農家」が入植し道路が未整備だったため牛乳運搬のため「簡易軌道」が活躍しました。
簡易軌道は当初、殖民軌道(しょくみんきどう)と呼ばれ北海道で見られた軌道の一形態です。
1942年以降、殖民軌道は簡易軌道(かんいきどう)と改称されました。
現在では広義の軽便鉄道の範疇で捉えられることが多く、未開地での道路の代替手段という性質を持ち、根拠法令を異にしていたという歴史的経緯があります。
この点で一般の鉄道・軌道とは異質なものであったのです。
簡易軌道は道路整備が遅れていた地域に於いて物流や人の輸送に大活躍でした。
しかし1964年の東京オリンピックの直後からモータリゼーションが進み、道路特定財源制度等を使った高速道路の拡張や鋪装道路の増加等の道路整備、一般大衆にも購入可能な価格の大衆車の出現、オイルショック後の自動車燃料となる石油低価格化などによって、自動車が利用しやすい環境が整い、簡易鉄道から車輸送へと変化を遂げることとなりました。
また、国鉄においても高度経済成長期後半以降は大事故が続発したことや赤字経営のため度々運賃が値上げされる一方で、多くの既存路線の高速化が進まず、鋭い労使対立による現場の綱紀の乱れやストライキ・遵法闘争の乱発による運行の不安定化、鉄道車両・鉄道駅などにおけるサービスの軽視などによって、鉄道離れを加速させました。
広大な北海道においては道路整備の充実、マイカー普及は地方において鉄道離れが進行し、1987年4月1日の国鉄分割民営化により多くのローカル線が廃止となりました。
北海道を含め今後の日本社会は極度な少子高齢化が進み、労働力不足が深刻化します。
そして観光産業の成長に大きな活路を見出そうとしています。
「鉄道の高速化」も大切ですが、それよりも「魅力ある鉄道」は今後の観光集客に大変重要です。
30年前、長距離フェりー、鉄道(在来線、新幹線)、寝台特急を利用して「我が家ルーツを訪ねる」と題して富山県をメインに埼玉、東京と家族旅行(近所に住む姉も同行)をしました。
北海道から本州への移動は飛行機でも列車でもなく長距離フェリー(小樽→新潟)でした。
http://www.snf.jp/searoute/index.html
母にとってフェリーと言えば青函連絡船しか経験がなく、2等船室に多くの方と一緒に雑魚寝というイメージしかありませんでした。
長距離フェリー1等船室(個室)利用の母にとっては夢の時間だったと語っていました。
長距離フェリーには時間を贅沢に使っていただく工夫が数多く施されています。
フェリー下船後最初の鉄道利用は新潟駅から在来線を利用して富山県魚津駅へ移動します。
魚津駅で乗り換え2つ目の鉄道「富山地鉄」を利用して宇奈月温泉へ向かいます。
https://www.chitetsu.co.jp/
終点の宇奈月温泉到着後は3つ目の鉄道「黒部峡谷鉄道」に乗り換え「欅平」を目指します。
http://www.kurotetu.co.jp/
この日は宇奈月温泉に宿泊し翌日はレンタカーを利用してルーツの旅を実施です。
我が家ルーツは五箇山です。
http://gokayama-info.jp/
五箇山は白川郷とともに我が家訪問7年後の1995年12月、世界遺産に登録されました。
そしてこちらの駅にも立ち寄りしました。
駅周辺の多くの家が「林」の姓だったことに驚きました。
実は五箇山は父方のルーツですが、母方のルーツも富山県でしたので立ち寄ってみました。
母方のルーツは富山県東砺波郡荘川町(現、礪波市)です。
今回のルーツの旅は大満足でした。
富山駅でレンタカーを返却し、在来線を利用し長岡で乗換えし新幹線で大宮へ移動です。
当時私の姉が埼玉県狭山市に住んでおり、そこに宿泊となりました。
姉の家に2泊し上野動物園のモノレールにも乗車しました。
http://www.tokyo-zoo.net/zoo/ueno/
北海道へ戻る最終日、浅草を散策後、上野駅へと向かいます。
この年(1988年)3月開業した青函トンネルを通り札幌へ向かう寝台特急「北斗星」に乗車します。
「魅力ある鉄道」要素の一つとして「時間を贅沢に使う」があるかと思います。
母は4年前に亡くなりましたが、生前家族旅行した中で、この時乗った「北斗星(ツインDX)」にとても感動していました。
飛行機で移動すれば2時間弱のところを16時間半かけての移動はまさに時間を贅沢に使わう旅となりました。
日本人のみならず今の時代、インバウンドの方から注目いただく鉄道でばければなりません。
そんな日本の国益を左右する時代をもっと国は直視する必要があるのでと感じています。
JR北海道に於いては単独で維持困難な路線がバス転換され、あるいはされようとしています。
「バスになったから地域住民の足も確保され鉄道より便利になり一安心だ」
との考えは時期尚早と言えるかもしれません。
先日ネットで京都市内を運行するバス路線に関してこんな記事がありました。
https://www.sankei.com/west/news/181108/wst1811080029-n1.html
冒頭の「公共交通」定義にあるように、国として日本全体の交通体系の維持に関して真剣に議論し将来的に持続可能な制度や支援システム構築が不可欠ではと考えます。
あと建設技術者の一人として意見を言わせていただきます。
「建設業」もご他聞に漏れず労働者不足です。
このまま行くと冬の除雪作業が今まで通りできない事態が起こりうるかもしれません。
道路、鉄道、港湾、空港は公共交通に不可欠なインフラです。
この中で地域建設業が参画する機会が最も少ないのが「鉄道」かもしれません。
社会人になって40年、建設業関連に身を置いてきました。
この写真は私が就職して最初に配属された現場で撮った写真です。
※1978年 開通前の道央自動車道 千歳IC~苫小牧東IC間にて
日本人の健康寿命は、男性が「72.14歳」、女性が「74.79歳」です。
となると私が元気で自立して活動できる年数はあと10年しかないことになります。
残りの人生を「建設業」時代の経験(たいしたものではありませんが・・

そして今後それを本格的に移行し実践していく予定です。
私が建設業から「鉄道&観光」に大きくシフトしたいと考えるきっかけになったのは何人かの人との出会いや乗車経験によるところが大きいと感じています。
お一人目はローカル線再生の第一人者いすみ鉄道、前社長鳥塚亮さんとの出会いです。
https://www.isumirail.co.jp/
https://www.isumirail.co.jp/
お二人目は秋田県を走る三セク鉄道「由利高原鉄道」社長、春田啓郎さんです。
http://www.obako5.com/
そして三人目は人(アテンダントさん)に加え乗車した肥薩線の列車そのものに感動でした。
http://www.jrkyushu-kippu.jp/fare/ticket/205
先ずは熊本駅を出発します。
球磨川がとても綺麗でした。
人吉駅で「いさぶろう・しんぺい号」に乗り換えます。
地元の方と触れ合えることはとても素晴らしいことです。
吉松駅で特急「はやとの風」に乗り換えです。
予約していた名物駅弁も無事受取りました。
道路は管理者によって、国道、都道府県道、市町村道に分類されます。
工事関係者にはとってそれぞれ発注者が違うためその所管をわかっていますが、一般の利用者にとってそれは関係のないことです。
どこの管理であっても安全安心に走行できる事が一番です。
つまり他のインフラでも同じ事が言え、鉄道だから、飛行機だから、船だからと公共交通網を管理者で分断する事なくシームレスに安全安心に移動したい事に他なりません。
日本のインフラを効率よく建設、維持するためていくためにも「公共交通」のシームレス化について国を挙げて議論いただけたらと感じる毎日です。
それにより日本も公共交通先進国として世界から注目されるものと思います。
この記事へのコメント
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